〈御文〉
かくれての信あれば、あらわれての徳あるなり
(上野殿御消息〈四徳四恩の事〉、新1850・全1527)
〈通解〉
目に見えないところでの誠意があれば、目に見える福徳となって現れるものである。
〈池田先生の講義〉
妙法のために行動したことは全部、仏因となり、全て自分の仏性を開く働きとなる。必ず「陽報」があり、「あらわれての徳」があるのです。
広宣流布のリズムの中で行動することは全部、自分自身の功徳になるのです。また一家一族が、生々世々、大功徳に包まれていく因となる。誰が見ていようといまいと、妙法の照覧だけは間違いありません
妙法のために行動する自分でありたい

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