■名字の言 60年前の「短期決戦型プロジェクト」
今月、開業60年を刻んだ東海道新幹線は、起工式から開業まで約5年半という「短期決戦型プロジェクト」だった。“東京五輪までに間に合わせる”“安全性を損なわない”。この二つを勝ち取るのは難事業だったに違いない▼“一つの手だてを見つければ物事は「できる」と言えるが、「できない」と断言するには全方法の可能性をつぶさねばならない”とは当時、技師長を務めた島秀雄氏の持論だった。そんな氏が書き残している。「“出来ません”と断ることは割にアッサリと云ってのけるのはどう云うことだろう」(髙橋団吉著『新幹線をつくった男 島秀雄物語』小学館)と▼物事に取り組む前から「私にはできない」「どうせ無理」と、挑戦を拒む人もいる。中にはもっともな理由がある場合もあろう。だが、否定的な固定観念や思い込みから、不要な“限界の壁”を自分でつくっている場合もある▼限界突破への第一歩は“自身の心の壁”を破ること。「仏法は勝負」の結果を左右する最大の要素は“環境や他人”以上に“わが心”である▼「強い自分をつくった人が真実の勝利者です。幸福者です」との師の言葉を胸に、きょうも進もう。自身に生き抜き、かけがえのない人生を自分らしく勝ち開こう。(代)
■名字の言 不安を打ち消す創価の励まし
最近のイヤホンには、周囲の騒音を低減させる「ノイズキャンセリング」という機能がある。騒音と反対の波形を発生させ、音を打ち消す仕組みも。聞こえないが、騒音がなくなるわけではない▼ある精神科医が、この話を通してつづっていた。騒音と同じく、人にも不安を消せない時がある。そんな時は不安とは反対の安心で打ち消すのがいい。そして、その安心を引き出すためにも周囲の存在が大切だ、と▼「創価家族の励ましがなければ、今の私はありません」と振り返る女性部の友がいる。自らの病、家族との死別、働きながら子どもを育てる日々……。苦難で心が折れそうになるたび、地域の友は共に泣き、共に悩み、寄り添ってくれた。一緒に題目をあげてくれた▼ある日は、同志が背中をさすりながら言ったという。「疑いを起こさずに題目をあげ切ってごらん。必ず良くなるよ」。幾つもの励ましを胸に、信心で全てを乗り越えてきた彼女は今、地区女性部長として同志のために尽くす▼池田先生は語る。学会の同志はどこへ行っても「親身に相談相手になってくれる。学会は、殺伐とした現代の人間関係の砂漠に、地域のオアシスをつくっている」。この麗しい絆を、どこまでも広げていきたい。(聖)
■名字の言 物事を成し遂げるために必要な四条件
中国・明代の哲人指導者・呂新吾が、物事を成し遂げるために必要な四つの条件を挙げている▼まず「熟つら思い審かに処す(十分に考えをめぐらして慎重に対処する)」。次に「意を鋭くし力を極む(意欲を燃やし全力でぶつかっていく)」。そして「漸あり已むなし(着実に前進をはかり、中途で投げ出さない)」。最後に「深く憂い過ぎて計る(細心を旨とし、こまかく気を配る)」(守屋洋編訳『呻吟語』徳間書店)▼「最高の作戦」と「最高の行動」。そして、最後までやり遂げるための「執念」と「細心の注意」が必要ということであろう▼池田先生が指揮を執り、世間をあっと言わせた1956年の「大阪の戦い」。小説『人間革命』第10巻には、戦いの出発に当たり、山本伸一が「最高の作戦、最高の行動」とともに、「強盛な祈り」の重要性を訴え、こう語る場面がある。「この二つの要諦が調和した時、不可能も可能となり、勝利を得ることができる」「この調和をさせるものは何かというと、それが信心なんです」(「一念」の章)▼信心で勝つ!――これが永遠に変わらぬ学会の勝利の方程式だ。必勝の祈りを根本に勇気の対話拡大に打って出て、皆で新たな常勝のドラマをつづりゆこう。(誼)
■名字の言 友の心田に希望の種を
車窓から明るい光が入ってきた。外の景色を見ると黄金色に染まった稲穂の波が光り輝いていた▼「今年は高温と収穫前の台風で心配しましたが、害虫の被害もなく、きれいなお米ができました。豊作です!」。こう笑顔で語るのは、コシヒカリの収穫を終えた兵庫の農漁光部の友。品種を変えながら、収穫は10月まで続く。私たちの命の営みは「食」を生産する方々の尽力で成り立っている。作業の無事故を真剣に祈りたい▼たわわに実る稲穂は目にしても、稲の花をイメージできる人は少ないだろう。稲は夏のある一日、小さな白い花を咲かせる。開花は、わずか2時間ほど。おしべの花粉がめしべにつくことで米(種)の赤ちゃんができる。それから米ができるまで1カ月ぐらいかかる▼「一粒万倍」といわれるように、稲は一粒の“種もみ”からたくさんの米を実らせる。まさに「物だねと申すもの、一つなれどもうえぬれば多となり」(新1310・全971)。大切なのは種をまき、丹精込めて育てること。面倒を見た分だけ、きちんと応えてくれる。友情の育成もまた同じだろう▼さあ、きょうも友の「心の田んぼ」に「希望の種」をまこう。慈愛を注いで育てよう。黄金の「友情の実り」を目指して!(川)
■名字の言 「大悪」を「大善」に転じた壮年の決意
蒙古襲来(文永の役)が起きたのは、750年前の文永11年(1274年)10月のことだった。社会が騒然とする中、日蓮大聖人が門下を励ますために認められたとも考えられているのが「大悪大善御書」である▼そこには「大事には小瑞なし。大悪おこれば大善きたる」(新2145・全1300)と。厳しい状況だからこそ正法が広まると確信し、強盛な信心を貫くよう訴えられた。多くの同志が心に刻む御文だろう▼ある壮年部員は3年前、急性大動脈解離で緊急入院。処置が早く、一命を取り留めた。その時に決意したのは“守られた命を広布のために使おう”。そして定年退職していた彼は元職場の同僚たちに初めて仏法対話。窮地の中でも前を向いて生きようとする彼の姿に同僚たちは感動し、学会への理解が大きく広がったという▼壮年は語っていた。「あの病を機に奮起できなければ、同僚たちに話せず、もんもんとしていた自分の殻を破れなかった。また、対話に歩くことで、以前にも増して健康になれました」▼「大悪」を乗り越えるだけではなく、「大善」に転じることができる。その飛躍のバネは“広布のために戦おう”との一念だ。目の前の苦難を成長への糧に変えると決めて、勇敢に進もう。(教)
■名字の言 ネルー首相が象に託した思い
75年前(1949年)の10月2日付の一般紙に、あるニュースが掲載された。インドから日本へ象が贈られたという内容だ。前日に上野動物園で行われた贈呈式には、時の日本の首相も出席。終戦からわずか4年、人々の明るい話題となった▼象の名前は「インディラ」。贈る決断をしたインドの初代首相ネルーの愛嬢の名でもある。式では、ネルー首相からのメッセージが紹介された。“この象はインドの子どもたちから、日本の子どもたちへの贈り物です”と▼首相は続けた。“世界中の子どもたちは多くの点で似ているが、大人になると変わってしまい、不幸にも時々、けんかをする。それを止めなければならない”。そして“君たちが成長した時には、自分の国だけでなく、世界の平和に尽くしてほしい。それが私の願いである”と▼池田先生は「自分だけの幸福や安全もなければ、他人だけの不幸や危険もない」と強調した。“自他共”を思考と行動の起点にしてこそ、人類の平和は築かれよう▼先のニュースが載った11年後の10月2日(1960年)、先生は初の海外指導に出発した。「世界平和の日」のきょう、戦火の止むことを祈り、自分の身近なところから“立正安世界”を築く行動を開始したい。(代)
■名字の言 戸田先生の「国士訓」発表70年
先日の能登地方の豪雨は、停滞する秋雨前線に台風14号の影響で大量の水蒸気が送り込まれて発生したという。被害に遭われた方々の健康と一日も早い復旧・復興を強く祈る▼一方、地球温暖化によって今後、こうした災害の危険は、高まると言われる。大気が温まることで空気中に蓄えられる水蒸気量が増え、雨量が増加し、台風も巨大化していく、と。水害への備えは“人ごと”ではない▼1954年9月に起きた洞爺丸の座礁事故も台風が関係した。強風にあおられ、船が転覆。1100人余が亡くなった。このほか同年3月には、米国の水爆実験で第五福竜丸が被ばく。現代にも通じる脅威の出来事が相次いだ▼同じ70年前の10月、戸田先生は青年たちに訴えた。「目を世界に転じたまえ」、そして「目を国内に向けよ」と。「大白蓮華」の巻頭言で発表した「青年よ国士たれ」(国士訓)である。社会を離れて仏法はない。ゆえに民衆の苦悩を“わがこと”とし、その解決に尽くす人材を輩出しようとされたのだ▼国士訓は、こう続く。「一人立て! 二人は必ず立たん、三人はまた続くであろう」。民衆のために、まず自らが立つ。それが創価の師弟だ。混迷の闇深き今こそ、この自覚で進みたい。(教)
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■私たちの信仰は、まず祈ることから始まる。その中で智慧が生まれ、確信は深まり、人生を開いていける。それは多くの学会員が証明してきたことだ。きょうも御本尊のもとから決意の出発をしよう。(白)
■朝の通勤途中、長袖シャツや上着を身に着ける人を多く見かけるようになった。駅のホームでいつもと同じ場所に立っていても、真夏は炎天下だったが、昨今は近くに立つ大木の影が足元まで延びている。夕暮れ時が早まり、夜は涼しさを感じる。秋が来たなと思う▼季節には節目や変わり目がある。暦の上で秋を認識する以上に、わが身と心で、これまでとは違う変化を捉える方が、季節の移り変わりを深く実感できるのではないだろうか▼御書に「夏と秋と、冬と春とのさかいには、必ず相違することあり。凡夫の仏になる、またかくのごとし」(新1488・全1091)とある。人生にも“変わり目”がある。試練に直面し、宿命転換と境涯革命をかけて信心に奮い立つ時、その前進を阻もうと三障四魔が必ず競い起こる。ここで「仏法は勝負」と、一大決戦に挑めるかが、大きな“変わり目”となる▼日蓮大聖人は先の御文に続けて、障魔の出現に「賢者はよろこび愚者は退く」と仰せである。“今が勝利の節目を刻む時”と一念を定めて打って出ることが、人生を開く“変わり目”となる▼実りの秋である。気高い志を持ち、たゆみない信心の実践で、成長の喜びを存分に体感する季節にしたい。(城)
■昨年、89歳で他界したジャズ界の巨匠ウェイン・ショーター氏。彼の人生もまた、恐れずに進む挑戦の連続だった。SGI芸術部長として多くの同志に希望を送った彼は、最愛の妻を事故で、娘を病で失った。だが悲しみに負けずに創作活動を続け、10度を超えるグラミー賞に輝いた▼「成功」とは何か。彼は晩年、アメリカSGIの機関紙の取材に、こう答えた。「困難にぶつかっては突破する。そして、さらなる困難を求め、挑んでいく。その中に成功はある」▼池田先生は語った。混迷を深め、不測の試練の連続にある時代こそ「まさに『即興演奏』で応えなければならない」「逆境に立ち向かい、苦難を乗り越えた負けじ魂には、誇り高き勝鬨が轟きます」と。われらも失敗を恐れずに前へ前へと進み、栄光をつかみゆく挑戦の人生でありたい。 (轍)
◾️ 桜の季節に思い出す話がある。数年前のこと。未来部担の壮年部員が励まし続ける男子高等部員がいた。高校3年の彼は母子家庭。壮年は「私でよければ何でも相談して」と足を運んでは語らいを持っただ
が、年齢が離れている上、思春期でもあった彼との会話は弾まなかった。ある日、大学進学のため、彼が実家を離れると聞いた壮年はお祝いを言いに出向いた。
すると、普段は寡黙が常の彼が壮年に質問した。「電気カミソリって、どんなのを選べばいいんですか」▶
後日、2人で買い物へ。その帰り道で彼は壮年に尋ねた。「向こうでも学会の人に来てもらうには、どうすればいいんですか」。その後、彼は本尊を受持し、新天地に旅立った♥その年の4月、彼から壮年にメールが来た。「学生部の先輩があいさつに来ました。僕は頑張ります」。添付の写真を開くと、満開の桜の下に並ぶ笑顔の彼と先輩が写っていた▶毎年、桜の開花が待たれる報道から、あまり日を置かずに、開花となったニュースを耳にする。だが、桜は毎年、花を散らしてすぐに翌年に向け、長い時間をかけて開花の準備をしている。先の彼も一気に成長したわけではない。同志の長きにわたる励ましがあってこそ人は咲き薫そ
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(城)
◾️ 名字の言 音楽と心の復興
2023年3月10日
誕生日祝いで花束を受け取った友が感慨を込めてつぶやいた。「ああ、幸せ」。その情景を見て “この一言に、世に花が存在し、愛される理由の一つがある”と思った♥花を愛でても、空腹が満たされるなどの実利があるわけではない。だが、花を贈った人の真心は、受け取った人の心を優しい気持ちで満たす▶月刊誌「潮」3月号で、福島県合唱連盟理事長の菅野正美氏のインタビュー記事を読んだ。氏は同県内の高校の合唱部で指揮者を務め、コンクール全国大会で12年連続「金賞」に輝くなど、“合唱王国・福島”を築き、支える一人。氏は語る。「福島の合唱の最大の特徴は、音楽に対する誠実さです」「技術ばかりが先行してしまうと、『上手なのに心に響かない』」と▶氏は東日本大震災の当初、音楽の無力さを痛感したという。「音楽は壊れた道を直すことも、倒れた建物をもとに戻すこともできません」。しかし、各地の避難所で合唱団の歌を聴いた被災者が再起を誓う姿に思いを改めた。「音楽は、人間にとってもっとも大切な心の復興につながる」と♥「3・11」から明日で12年になる。人々の心を復興させるのは、心である。同苦の心、慈愛の心を広げ続け、共々に福光の春へ歩んでいきたい。(白)
◾️ 名字の言 大事なのは「信ずる」こと
2023年2月23日
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球春到来。プロ野球ファンは胸躍る熱戦を期待しているだろう。昨年は例年になく白熱した。オリックスはペナントレースの最終戦でリーグ優勝を決めた。インタビューでの中嶋監の言葉が印象深い。「諦めている選手は一人もいなかったし、最後まで絶対に勝てると信じていました」「続く日本シリーズでは、勝ち星なしで迎えた第4戦から4連勝で日本一に。世間は“奇跡”と評したが、監督・選手らは勝利を確
していたに違いない。自分が勝利をぜずして勝てるほど、勝負の世界は甘くないからだ▶ある壮年部員は生来、ほぼ視力がなかった。彼の母は“息子を必ず広布の人材に育てます”と祈り抜いた!「音」に高い関心を示した彼は、母の読経で勤行を覚え、やがてピアノ演奏を体得する。未来部時代は、毎月の座談会で新しい曲を披露。演奏を楽しみにする友が多くなり、参加者は倍増した。今も時折、学会歌を弾き、同志を鼓舞する♥池田先生は語る。「(妙法を)目に見える次だけで拝すれば、大聖人のお言葉は“おとぎ話”になってしまう」「私どもにとって大事なのは『信ずる』ことである」。 “使命のない人などいない”と、まずじ抜く。そこから人材は林立し、広布は拡大していく。(白)
◾️ 名字の言 今しかできない大切なことは何か
2023年2月21日
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今月、東京都内でも積雪の日があった。その翌日は春を思わせる快晴だった。公園で近所の幼い兄弟が雪合戦をしていた。しばらく見ていると、弟が「次は雪だるま!」と。雪が解けるのと競争するかのように2人は張り切って雪玉を作り始めた▶1体が出来上がり、ベンチに座る両親が「もう帰るよ」と促すと、兄は「もうちょっとだけ。だって今度いつできるか分からないもん」と言った。家族4人分と分かる雪だるま4体を完成させると、父と母も笑顔になった▶先日、数年ぶりに父の実家へ行った少女部員。父が自営業のため、とんぼ返りだったが、帰り際、少女は「ねえ、一緒に題目三唱しようよ」と祖父母を誘った♥少女には確かめたいことがあった。
昨年末の座談会で父が仰体験を発表した。その中で、仕事が行き詰まった際、脳裏に浮かんだのは、いつも“困難に負けまい”と題していた自分の両親の背中だった。それで奮起し、勝ち越えられた、と語った。以来、少女は父を元気にさせた、祖父母の祈る姿を何としても見たいと思っていたという “今しかできない大切なことは何か”一後悔を残さず挑戦し、勝ち取っていく。この一歩一歩の前進が、意義ある人生を築いていく。(城)
◾️ 名字の言ヘルマン・ヘッセの“最も美しい作品”
2023年1月5日
ドイツの作家ヘルマン・ヘッセの作品に、こんな話がある。夫を亡くし、貧しく暮らす女性が男の子を産んだ。その際、隣に住む老人から“お子さんにとって一番よいと思われることを一つ考えてみなさい。かなえてあげよう”と言われた。女性は “皆がこの子を愛さずにはいられないようにしで”と答えた▶願いはかなった。ただ、悪事を働いても人々に許され、甘やかされた。その子はわがままで、傲慢な大人となってしまう。享楽な生活を手に入れたものの、喜びや充実はなかった▶失意の底で、その子自身が老人に叫ぶ。“僕が人々を愛することのできるようにしてください!”。再び願いはかなった。だが、今度は数々の試練が彼を襲う。それでも念に生き抜く中で、本物の人生の価値を見いだした
(高橋健二訳『メルヒェン』所収「アウグスツス」人文書
院)♥この物語は、ヘッセの作品の中で最も美しいと評される。執筆時、ヘッセは外面的、内面的に苦境の極みにあったという。それゆえ、人生の究極、生の根源、生きる意義を描けたに違いない♥我らも心根本に、いかなる苦難にも心強く、自身を磨いていきたい。友に尽くし、社会に貢献し、真実の人生勝利の歩みを進める一年に。(白)
◾️ 全国の市区町村のうち、「無書店自治体」は4分の1以上に及ぶという。町の本屋の危機が叫ばれる中、「一万円選書」で注目される書店が北海道砂川市にある!これは、かって本紙にも登場した店主の岩田徹さんが、希望者の「選書カルテ」をもとに、10冊ほどの本1万円分を選んで送るサービス。15年前に始めて、今では年に7日間だけの募集で、3000以上の応募があるそうだ▶同市の人口は1万6000人で、商圏としては小さい。人通りも少なく、選書のために日中からシヤッターを下ろしても誰も文句を言わない。周りから見れば厳しい商売環境も、岩田さんは「すべてのハンデはアイデア
ひとつでアドバンテージに変えられる」と訴える(『一万円
選書』ポプラ新書)▶同じ環境でも、今いる場所をどう捉え、どう変えていくかは心によって決まる。御聖訓には「浄土といい穢士というも、土に二つの隔てなし、ただ我らが心の善悪によると見えたり」(新317・全384)と仰せである♥たとえ周囲の目には不運や不利に映るような苦境も、自身を鍛え抜くための “アドバンテージ”と受け止めれば、心の視野は大きく広がる。そこに全てを人生の糧へと転じゆく、価値創造の生き方がある。(銘)
◾️ 名字の言箱根路を越えた人が見る景色
2023年1月4日
「箱根路を/わが越えくれば/豆の海や/沖の小島に/波の寄る見ゆ」。鎌倉幕府の三代将軍・源実朝の歌である。険しい箱根の道を越えると、伊豆の海が広がり、初島に白波が寄せる光景を詠んだ▶古くから、箱根の山は「天下の険」と呼ばれ、東海道の難所だった。実朝にとっても、その移動は大変だったに違いない。だが、苦労を伴うからこそ、頂から見える景色は、より美しく、実朝の目に映ったのではないか♥今年の箱根駅伝も、母校の名誉を悪けた熱戦が繰り広げられた。積み重ねてきた練習の成果を発揮しようと、箱根路を駆け抜けた選手たち。その陰には、エントリーから外れ、チームのサポートに徹する多くのメンバーの姿もあった。全員が自分との戦いに勝った勝者だ。だからこそ、見る者に勇気と感動を与える走りとなる「駅伝に挑戦した若者が見る今の景色は、それまでとは異なっているだろう。自分に勝つことの大切さ、努力が実を結ばないこともある現実.......。喜びも悔しさも、自分を成長させる力にして、新たな一歩を踏み出していく♥人生の山を登る私たちも、自分に勝利し、一切を飛躍の原動力に変えて、 “天下の険”を駆け上がろう。本年も、「戦う人」でありたい。(澪)
◾️ インドの独立闘争に身を投じたネルー初代首相は、
1931年の元日を牢獄で迎えた。その日、一人娘に手紙をつづった。「歴史を読むのはたのしみだ。だが、それよりももっとこころをひき、興味があるのは、歴史を創ることに参加することだ」(大山聴訳)▶正しい道を歩んでいるにもかかわらず、否、だからこその逆境ーそんな不条理の極みにあっても、なお毅然と前へ進もうとする気高い志に、胸を打たれる▶ある壮年部員は大病を患い、休職した。変毒為薬を誓い、治療に専念して半年後、職場に復帰。だが直後、経営不振で会社が倒産。相次ぐ試練に落胆した▶夫婦で祈るほどに、胸の奥から強い決意が湧き上がった。“何度打ちのめされようとも、必ずわが人生の広布史を、勝利で決着させてみせる!”。その後、彼はこれまでの実績と人間性を買われ、同業種の複数の会社から誘いを受け、予想外の厚遇で再就職を勝ち取った▶池田先生は語る。「『自分が、いちばん苦労してみせる!』と決めることである。同時に、『自分が、いちばん楽しんでみせる!」と朗らかに、悠々と生きぬき、戦いぬいていくことである。その人は、無敵である」。命の底から湧き上がる楽しみは、戦う中にある。(城)
◾️ ここで年越しをしたいと、大勢の人が集まる場所の一つに横浜港がある。1月1日午前0時、港内の船が一斉に汽笛を鳴らす。高低さまざまな音色が、新たな年を迎えた町の夜空と、わが一年の旅路を出航する人々の胸に響き渡る一一想像しただけで心が躍る▶船の汽笛には、他に霧中信号の一種として鳴らされる「霧笛」がある。濃霧で視界が利かない時、船舶は居場所を知らせ合うために「音」を発するのである▶
難関の国家試験に5度目の挑戦をした男子部員。自信満々だったが不合格に終わり、未来を悲観して、ふさぎ込んでしまった。同志が激励に行くと告げ、玄関の扉をノックするが出てこない。その後も友は通い続け、開かないドアのポストに「また来ます」と書いたメモを残した♥だがある日を境に友が来なくなった。10日後、久しぶりの訪問に彼は扉を開いた。友は足のけがで療養し、治ったので早速来たという。2人は笑顔で「気になっていたんですよ」と言い合った。奮起した男子部員は翌年の試験に合格した▶相手に届けられる“音”はノック音だけでない。「幸福の人生行路は、この創価の世界にある!」ーー励ましの声を惜しまず、緑する人との絆をさらに強くして、明年を迎えたい。(城
■新しいことや苦手なことを始めようとすると、なんとなく、やる気が起こらない。そういうことは誰しもあるだろう▼そんな時、精神科医の大野裕さんは“まず始める”ことを心がけているという。「深く考えずにまず少し手をつけてみると、それをきっかけに気力がわいて、先に進めるようになることは多い」と(日本経済新聞8月31日付)▼これは脳科学の視点からも効果的といわれる。人間の脳の重さは体重の2%ほどだが、体全体の25%ともいわれるエネルギーを使う。だから浪費しないよう、なるべく“今の状態”を維持しようとする。だが始めてしまえば、今度は“その状態”を保とうとする力が働くので、やる気を起こすためには“まず始める”ことが重要だ、と▼先日、ある地区の集いで、友人と交流してきた女性部員の話を聞いた。その友とは年賀状のやりとりだけで、実に20年ぶりの出会い。話が弾み、「勇気を出してよかった」と。その話を聞いた参加者も「私も頑張る」と決意していた▼なかなか一歩が踏み出せない。そんな時、学会には、自らの姿で一歩の大切さを教えてくれる友がいる。そっと背中を押してくれる友もいる。そうした同志と励まし合いながら、共々に新たな挑戦の一歩を!(聖)
■同志の励ましを胸に学会活動に挑む中、“障がいがあるから不幸”なのではなく“障がいを嘆く人生が不幸”なのだと気付いた。今では夫の助けを借りながら、友の激励へ。「今度は私が信心の喜びを伝える番」と瞳を輝かせる▼「二人・三人・十人」(新1711・全1241)という広宣流布の広がりも、一人から一人へと伝わる中で実現していく。ゆえに、まず自らが「その一人となる」と決めて戦いを起こす。その情熱から新たな勝利のドラマは生まれる。(轍)
■9.15
“名医”を紹介するテレビ番組や書籍を、よく目にする。医学の進歩、名医の増加で多くの人が病を治癒し、健康になるのは喜ばしいことである▼仏教史にも“名医”が存在する。釈尊の時代には「医王」と呼ばれた弟子・耆婆がおり、日蓮大聖人の時代には医術に長じた四条金吾がいた。ともに師匠の健康を守り支えながら、人々に尽くした。その道に連なるのが医療に従事するドクター部の友である▼ある麻酔医の壮年部員は、がんと闘いながら仕事を続けた。同時期に義母も大病に倒れ、手術を受けることに。麻酔を担当する彼は「安心してください。世界一の麻酔をかけてみせます」と勇気づけた。義母の手術の成功を見届けて数カ月後、彼は今世の使命を全うした▼現在、喜寿の義母は元気に毎日を送る。妻は広布のリーダーに。2人の息子は創価の学びやに進んだ。わが命を何に使うか――「使命」の尊さを人生を懸けて示した彼は家族の胸に今も生き、励まし続けている▼きょうは「ドクター部の日」。池田先生は「医学で人を救う。そして、仏法で人を根本的に救う。これこそ世界の誰びともなし得ぬ、生命尊重の究極の道であります」と。その使命の大道を誇り高く進む友にエールを送りたい。(代)
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