# 職場で「いてもらいたい人」になるために – 就職氷河期世代の挑戦と希望
この言葉に出会ったとき、私は自分の働き方について深く考えさせられました。日々の忙しさに追われ、ただ目の前の業務をこなすことに精一杯になっていませんか?
今回は、就職氷河期世代の一人、尾上純子さんの歩みを通して、職場での存在価値と信仰がもたらす希望について考えてみたいと思います。
氷河期世代が直面した厳しい現実
1990年代、バブル経済の崩壊は日本の雇用環境を根底から揺るがしました。企業の採用枠は急速に縮小し、非正規雇用が増加。一度非正規の道に入ると、正社員への転換は容易ではなく、多くの若者が職を転々としながら不安定なキャリアを歩むことになりました。
尾上純子さんが大学を卒業したのは1999年。高知から上京し、音楽大学でフルートを専攻した彼女も、この厳しい現実に直面します。
「大学の掲示板に出ていた求人は、前の世代に比べて、ずっと少なく感じました」
音大卒業後、すぐに音楽だけで生計を立てることは難しく、アルバイトをしながら演奏活動を続けた尾上さん。高額な奨学金の返済も始まり、食費や交通費を切り詰める日々が続きました。
しかし、彼女の心の中には揺るがない信念がありました。
「音楽と信心は一生続ける。そこだけは揺るぎませんでした」
「生まれ変わったつもりで」
30歳を前に地元へ戻る選択肢も考えた尾上さん。悩んだ末、学会の富士交響楽団の先輩に相談しました。
「生活の基盤を固めれば、音楽活動は続けられる。生まれ変わったつもりで祈ろう」
この言葉に背中を押され、東京での挑戦を決意します。しかし、就職活動の道のりは平坦ではありませんでした。
面接では「それなら音楽を続けた方がいいんじゃないですか?」と突き放され、正社員への道は遠く、人材派遣会社への登録を余儀なくされました。
「”楽器しかやってこなかった”という負い目がありました。人づてに頼んでビジネスマナー研修を受けたり、パソコンの基本操作を教わったり。必死でした」
この時期、同世代の多くも大卒後に正社員になれず、派遣や契約社員として働いていました。特に女性は、さらに厳しい状況に置かれていたのです。
それでも尾上さんは時間を作って祈り、学会活動にも全力で取り組みました。同じ境遇の学会員と近況を分かち合い、互いに励まし合うことで心の支えを見出していったのです。
「とにかく1年は辞めない」
2005年、尾上さんはIT企業で派遣社員として働き始めます。
「派遣は半月ごとに給料が入るので、やっと生活に見通しが立ちました」
しかし、現実は厳しいものでした。業務をなかなか理解できず叱責を受けることも。
「”まず3年続けよう”と思っていたんですけど、”とにかく1年は辞めない”と目標を下げました」
2008年のリーマン・ショック後、「派遣切り」や「雇い止め」が社会問題化する中、尾上さんの部署は正社員と同等の仕事量が課せられており、仕事を失う不安は少なかったものの、職場の人間関係に悩み、誰とも一言も話さない日が続くこともありました。
そんな日々を支えたのは、同志の絶え間ないエールでした。大学の同窓生、音楽家の先輩、同じく仕事に悪戦苦闘する友人たち。
「どんな時も、どんな所にも、私の明日を信じ、励ましてくれる人がいた」
この経験を通して、尾上さんは人間関係の本質に気づきます。
「理不尽にしか思えない言動も、相手の立場に立てば違って見える。そこに気遣いがあれば、ふっと空気が和らぐ」
「いてもらいたい人」になる
この時、尾上さんの心の支えとなったのは、池田先生が語られた指針でした。
「牧口先生は3種類の人間がいると言われた。『いてもらいたい人』『いてもいなくても、どちらでもよい人』『いては困る人』。君たちは『いてもらいたい人』になりなさい。職場で好かれる人に、頼られる人になることです」
「どうしたら周りの人を楽にしてあげられるか」—この意識が、同僚への感謝やねぎらいの言葉となり、職場の雰囲気は徐々に温かく変わっていきました。
やがて、尾上さんは派遣社員から契約社員への切り替えを打診されます。これは単に派遣の上限年数の問題だけでなく、彼女の働きぶりが評価された証でもありました。
「音大出身で片手間で働いていると思われたくなかった。”いてもいなくてもいい人”ではなく、”一番いてほしい人”になりたかったんです」
努力を重ねた末、2013年、尾上さんはついに正社員登用試験に合格します。彼女の姿は後輩たちの模範となり、多くの人が彼女の道を追うようになりました。
「第2の家族」として
2023年、尾上さんはマネジャーに就任し、30人をまとめる立場になりました。かつて厳しく指導された先輩も、今では最大の理解者として彼女を支えています。
「仕事の仲間は”第2の家族”。本当の家族より一緒にいる時間が長いかもしれない。だからこそ、ここでの時間をいいものにしたいんです」
平日は夜遅くまで職場で働き、週末は音楽活動に打ち込む尾上さん。仕事と音楽—その両方が最高に充実していると語ります。
「”信心に一つも無駄はない”っていいますよね。本当にその通りだと実感しています」
私たちの働き方を見つめ直す
尾上さんの物語を読んで、ある読者はこう感想を述べています。
「職場でいなくてはならない人になれているかな?それに向けて努力できているかな?改めてこの記事を読んで普段の自分の働きや言動を見返したいと思った。そして職場の人は自分の人生の多くの時間を一緒に過ごす仲間であり同志である。であるなら自らが胸裡輪輪を開いて対話すること。相手の仏性を信じることが大切だと感じました」
マザー・テレサは「愛の反対は憎しみではなく無関心である」と語りました。私たちの職場でも同じことが言えるのではないでしょうか。ただそこにいるだけの「いてもいなくてもよい人」ではなく、周囲に温かさと希望をもたらす「いてもらいたい人」になる—それは単なる仕事のスキルだけでなく、人としての在り方に関わる大切な挑戦です。
アルベルト・アインシュタインの「他者のために生きてこそ、人生には価値がある」という言葉も、この文脈で深い意味を持ちます。
今日から、あなたの職場で「はた(周囲)を楽にする」ことを意識してみませんか?小さな気遣いや感謝の言葉が、やがて大きな信頼と絆を育み、あなた自身の人生も豊かにしていくことでしょう。
子どもたちへ—お父さんやお母さんが毎日頑張って働いているのは、あなたの未来のため、そして周りの人を幸せにするためなんだよ。どんな仕事も、人の役に立つことができれば、それは尊く美しいものなんだ。いつか大人になったあなたも、誰かの「いてもらいたい人」になれますように。
