「かりにも法華経のゆえに命をすてよ」(新1895・全1561)――日蓮大聖人が南条時光に、こう手紙を送ったのは弘安2年(1279年)の11月6日のことだった▼当時は「熱原の法難」の渦中。門下たちが弾圧を受ける中、“激流の滝を登り切った魚が竜になる”との中国の故事を通し、どんな苦境にあろうと退転せず、信心を貫くことが成仏への道であると教えた▼「信心で私の人生は百八十度変わりました」と振り返る静岡の女性部員がいる。事業に失敗した前夫が、多額の借金を残して蒸発。その肩代わりをすることになり、取り立てに追われた。玄関には「金を返せ」の貼り紙。外を自由に出歩くこともできなかったが、“信心で勝つ”と決めて必死に祈り続けたという▼そして1年半後のある日、状況が劇的に変わる。彼女の名前は連帯保証人として勝手に使われていた等の理由から、返済義務が帳消しになったのだ。その後、再婚し、幸せな家庭を築いた彼女は、しみじみと言った。「御本尊を大事にすると、御本尊から大事にされる。これが私の確信です」▼策や方法ではない。悩んだ時、行き詰まった時に、まず祈りから出発する。この原点に立ち返れる人は必ず人生を開いていける。
御本尊を持っていること
立ち返れる原点があること
とても幸せなことであるし、その幸せなことに感謝しなければならない。
そして、この幸せを周りの人に伝えていくこと、仏法の素晴らしさを伝えていくことこそが重要なのである

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