2024/10/28 御書と指導

〈御文〉

 かくれての信あれば、あらわれての徳あるなり
 (上野殿御消息〈四徳四恩の事〉、新1850・全1527)

〈通解〉

 目に見えないところでの誠意があれば、目に見える福徳となって現れるものである。

〈池田先生の講義〉

 妙法のために行動したことは全部、仏因となり、全て自分の仏性を開く働きとなる。必ず「陽報」があり、「あらわれての徳」があるのです。
 広宣流布のリズムの中で行動することは全部、自分自身の功徳になるのです。また一家一族が、生々世々、大功徳に包まれていく因となる。誰が見ていようといまいと、妙法の照覧だけは間違いありません

妙法のために行動する自分でありたい

コメント

タイトルとURLをコピーしました