10月26日「人間革命から」

人間革命からの教訓

会う人、会う人、皆、表情が明るく、喜びにあふれている。これが大事なんです。信心の世界の勝利というのは、ひとことで言えば、皆が歓喜をもって信心に励んでいるかどうかです。
 弘教の成果や座談会参加者数などのデータも、組織の実態を見ていくうえでは、必要です。活動の計画を練っていくうえでも、それは貴重な資料となります。
 しかし、それだけでは、とらえきれないのが、信心の世界です。
 会員の皆さんとお会いした時に、喜々として信心に励んでいるのか、なんとなく受け身になって義務感で行動しているのかを、よく見極めていくことです。そこに、組織の本当の実態があるからです。皆さんに歓喜と確信をもたらすために、学会の組織がある。また、そのために幹部がいるんです



■第12巻「愛郷」の章 143~144ページ
 崩れざる幸福を築いていくためには、信心を切磋琢磨していくよき同志が、組織が、必要なんです。そう考えるならば、学会という、大聖人の御精神を受け継ぐ組織のなかで、信心に励めることがいかにすばらしいか、よくわかると思います。
 ところが、活動が大変だとか、あの人が気にくわないとか、何かあると、すぐに愚痴をこぼし、文句や不平不満をいう人がいる。
 (中略)
 実は、その愚痴と文句が、信心に邁進してきた功徳、福運を、消すことになるんです。
 また、それは、歓喜を奪い去り、心をすさんだものにし、自分で自分を不幸にしていく。
 反対に、「ありがたいな」という感謝の思いは、歓喜を燃え上がらせていきます。
 そして、歓喜は自らの心を豊かにし、幸福にします。歓喜あるところ、力は倍加し、勢いが増します。歓喜ある前進のなかにこそ、人生と広布の勝利があるんです。
 つまり、同じ御本尊に題目を唱え、同じように学会活動に励んでいたとしても、愚痴と文句の一念なのか、感謝の一念なのかによって、結果は全く違ってしまう。

■「大悪」のあとに、「大善」が訪れるということではない。“ピンチ”こそが“チャンス”ととらえ、苦難を飛躍台として断じて進み抜こうという、不屈の一念によって、「大善」は開かれるのだ。

■ 一人ひとりの決意を促すように、山本伸一は語っていった。
 「では、『いざという時』とは、どういう時をいうのか──。
 個人にとっては、自分や家族が大病にかかったとか、不慮の事故、事業の倒産に遭遇するなどといった、一大事の時がそうでしょう。これは、自分の過去遠遠劫からの宿業が出たことであり、まさに宿命転換のチャンスなんです。
 また、信心を反対されたりすることも、『いざという時』です。さらに、学会が法難を受けるなど、大変な事態に陥った時です。
 幸福を築くには、何があっても崩れることのない、金剛不壊のわが生命をつくり、輝かせていく以外にない。そして、難こそが、生命を磨き鍛える最高の研磨剤なんです。したがって、大難の時こそ、自身の宿命転換、境涯革命の絶好の時といえる。ゆえに、勇んで難に挑む、勇気がなければならない。臆病であっては絶対になりません。
 学会は、この十年は順風満帆で来ました。大発展しました。しかし、いつまでも、そんな時ばかりであるはずがない。『魔競はずは正法と知るべからず』(御書一〇八七ページ)、『よからんは不思議わるからんは一定とをもへ』(御書一一九〇ページ)とも、仰せではないですか。大難が競い起こらなければ、この御聖訓が嘘になってしまう。
 どうか、皆さんは『まことの時』に、敢然と立ち上がり、私とともに、学会とともに戦い、広宣流布の勇者として、自身の誉れの歴史を築いていってください

■ 山本伸一は深呼吸をした。息が苦しいのである。
 「『諸難』というのは、さまざまな難です。隣近所から、悪口を言われることもあるでしょう。また、マスコミから叩かれることもあるでしょう。さらに、権力やあらゆる勢力が、学会を潰そうと躍起になり、巧妙な画策や謀略をしかけてくることもあるでしょう。
 しかし、どんなことになろうが、いかなる現象が起ころうが、絶対に信心に疑いをもってはならない。題目を唱え抜き、唯一の広宣流布の団体である学会とともに、断じて進んでいくんです。
 疑いの心がなければ、信心の一念が揺るがなければ、『自然に仏界にいたるべし』と仰せのように、一生成仏は間違いありません。最後は、大功徳、大福運をつけ、最高の幸福境涯に至ります。
 したがって、天の加護がなく、辛い思いや苦しい思いをしたからといって、疑ってはいけない。また、批判や迫害にさらされ、現世が安穏でないからといって、決して嘆いてはいけない──と仰せになっているんです」
 伸一は、メンバーに視線を注いだ。皆、真剣な顔であった。
 「しかし、大聖人は、そのように、わが弟子たちに、朝な夕な教えてきたけれども、いざ大難が起こると、皆、信心を捨ててしまったと、嘆かれている。
 そして、弱い者の常として、最も大事な『まことの時』になると、約束したことを忘れてしまうものなのである──と、述べられている。
 『いざという時』にどうするか。実は、その時にこそ、日ごろの信心が表れるんです。
 しかし、いつも、いい加減な人が、いざという時にだけ、急に強信になれるわけがありません。柔道や剣道だってそうでしょう。稽古もせず、練習で負けてばかりいる人が、試合の時だけ達人になれるわけがない。
 だから、普段の信心が大事なんです。日々、忍耐強く、黙々と、水の流れるように信心に励むことです。自分の生命を、磨き、鍛え抜いて、信心への絶対の確信を培っておくことです。それができてこそ、大事な時に、大きな力が出せるんです」

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