10月25日「わが友に贈る言葉」

「人生は宿命との戦い。どんなに苦しくても、この信心を貫けば必ず宿命転換できる」

「今いる場所で自分に何ができるか」を常に考えてきました。
 どんな小さなことでも「これをやり切って先生にお応えするんだ」と全力を尽くす。それが弟子の道だと思います。

私は、みんなに「かぎりなく温かい人」になってもらいたい。傷ついた人の心も、君に会うと、ほっとして、自然に微笑みがわく。そんな人になってもらいたい。凍りついた心さえ、君に会うと、安心して、ぐっと、ほぐれていく。そんな人になってもらいたい。
(『希望対話』)

私はいつもいつも、さわやかな挨拶を大事にした。皆、縁深き方々である。何か意味があって、このように近所におられるのだと、大切にしていった。(中略)妻と語り合っていた合言葉は、「どなたが来ても温かく迎えて、希望を“お土産”に送り出そう」ということであった。

『桜梅桃李の己己の当体を改めずして無作三身と開見すれば……』(全784・新1090)と仰せです。桜は桜、梅は梅、桃は桃、李は李と、それぞれがありのままの姿で、自分を最大限に生かしながら、幸福になる道を説いているのが仏法なんです。

「職場には、だいたい三様の人がいる。絶対にいなくてはならない人、いてもいなくてもよい人、いないほうがよい人」(中略)人間性、そして行動によって決まっていくものである。私たちは“いなくてはならない人”になっていきたい。

じっとこらえて 今に見ろ/まずは働け 若さの限り/なかには 侮る者もあろ/されどニッコリ 心は燃えて/強く正しく わが途進め/苦難の道を 悠々と/明るく微笑み 大空仰ぎゃ/見ゆる未来の 希望峰/ぼくは進むぞ また今日も

皆が幸福になるための仏法である。その幸福とは、見栄や外見の中にあるのではない。わが生命の奥にある尊極の仏界の太陽を昇らせ、妙法蓮華の華を咲かせ切っていくことが、何ものにも揺るがぬ絶対的幸福の大境涯であります

〈御文〉

 鎌倉より京へは十二日の道なり。それを十一日余り歩みをはこびて、今一日に成って歩みをさしおきては、何として都の月をば詠め候べき。
 (新池御書、新2063・全1440)

〈通解〉

 鎌倉から京都までは十二日の道のりである。それを十一日余り歩いて、あと一日となった時に歩くのをやめたのでは、どうして都の月を詠ずることができようか。

〈池田先生の講義〉

 最後まで貫いてこそ真の信心です。
 「いよいよ!」「さあ、これから!」との心意気で生き抜いていく姿それ自体に、仏の心があります。
 「生涯求道」「生涯挑戦」「生涯闘争」です。
 ゆえに、「今一日」「あと一日」における信心が大事です。
 純一無二の信心で、自身の広布と人生の総仕上げをしていくのです。

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