10月18日御文と通解

 【御文】頭をふればかみゆるぐ。心はたらけば身うごく。大風吹けば草木しずかならず。大地うごけば大海さわがし。教主釈尊をうごかし奉れば、ゆるがぬ草木やあるべき、さわがぬ水やあるべき。(日眼女造立釈迦仏供養事、新1610・全1187)
 
 【通解】頭を振れば、髪が揺らぐ。心が働けば、身体が動く。大風が吹けば、草木も揺れる。大地が動けば、大海も騒ぐ。同じように、教主釈尊(御本尊)を動かせば、揺るがない草木があるだろうか、騒がない水があるだろうか。

【御文】ただひとえに思い切るべし。今年の世間を鏡とせよ。そこばくの人の死ぬるに、今まで生きて有りつるは、このことにあわんためなりけり。これこそ宇治川を渡せし所よ。これこそ勢多を渡せし所よ。名を揚ぐるか、名をくだすかなり。(弥三郎殿御返事、新2085・全1451)
 
 【通解】ただひとえに思い切りなさい。今年の世間の様子を鏡としなさい。多くの人が死んだのに、あなた(=弥三郎)が今まで生きながらえてきたのは、このこと(=法華経ゆえの難。具体的には念仏者との法論)にあうためであったのだ。“これこそ(戦いの要衝として有名な)宇治川を渡す所だ。これこそ、瀬田川を渡す所だ”と思いなさい。名を上げるか、名を下すかの勝負どころである。

【御文】いかにも、今度、信心をいたして、法華経の行者にてとおり、日蓮が一門となりとおし給うべし。日蓮と同意ならば地涌の菩薩たらんか。地涌の菩薩にさだまりなば、釈尊久遠の弟子たること、あに疑わんや。(諸法実相抄、新1791・全1360)
 
 【通解】なんとしても、この人生で、信心に励み、法華経の行者として生き抜き、日蓮の一門となり通していきなさい。日蓮と同じ心であるならば、地涌の菩薩ではないか。地涌の菩薩であると定まったならば、釈尊の久遠の弟子であることは疑う余地がない。

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